リンスちゃんが亡くなってから2年が経ち、私がお母さんと暮らし始めて2年が経ちました。いつの間にかお母さんにとっての私の存在がとても大きくなっていました。
そんな中、5月の異常気象のある蒸し暑い日に、私は珍しく朝から元気がなく、食欲がありませんでした。お母さんが、必死にご飯を食べさせてくれて、何とかご飯をいつも通り食べることが出来ました。お母さんは少し安心して仕事にでかけました。
その日シッターさんが散歩に連れて行ってくれた時、私は息がハーハーしてしんどかったので、キャリーにのったまま散歩に連れていってもらいました。シッターさんから連絡を受け、心配したお母さんが夕方にまた様子を見に行ってもらうようにシッターさんに頼みました。私は本当にしんどくてその場から動けなくて、おしっこやうんちもシートまで行けず、夕方シッターさんが来てくれた時は、私はおしっこやうんちまみれでした。
シッターさんから連絡を受けたお母さんは、急いで会社から帰って来て私を病院に連れて行ってくれました。肺水腫が起こっていました。お母さんは先生から予断を許さない状態だと告げられました。お母さんは私の命を助けて下さいと泣きながら必死に先生に頼みました。 先生と看護師さんの必死の治療の甲斐あって、私は元気になりました。退院して家に帰った時は本当に嬉しかったです。
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